Oct 21, 2009
自作PCの修理方法編
自分で組み立てされているPCは、デバイスごとに販売されていると思います。コンピュータの修理は、ハードウェアを交換する方法しかないが、メーカーの修理が可能なものもあります。この自作PCは、PCの修理や、直接の性能を調節できるので、思いのままになるかと思います。また、拡張性もあるので、メーカーの製品に比べて使いやすいと思います。私はオンラインゲームには時間がないのでそうすることができないため、常に自然を停止してしまいますが、今しているドラゴンネストには師匠になってくれたのが、様々なサポートしてくれるんです。経験値がたくさん入るのでレベルアップやすく、初心者に出しても安心です。このドラゴンネストの師弟システムでは、本当にお世話になっていますね。
62歳になった父は静かにリングに別れを告げ、同じ日、20歳の息子がプロボクサーとしてデビューした。父の名はカシアス内藤。沢木耕太郎の小説『一瞬の夏』の主人公にして、アリスの名曲『チャンピオン』のモデルである。かつて、この元東洋ミドル級王者は伝説の名トレーナー、エディ・タウンゼントと交わした約束を記者に語ってくれたことがあった。あれから9年。がんに侵されながらも、その約束を守り、新たなストーリーを紡ぎ始めた。(宝田将志)
■ラストマッチから32年…響いた10カウントゴング
ロープをくぐってリングインする瞬間、その口元は笑っていた。かつて拳を振るった四角い戦場に、紺系のスーツとストライプのネクタイに身を包んで立つことに少し照れているように映った。
9月30日、ボクシングの“聖地”後楽園ホールで、東洋ミドル級王者、カシアス内藤の引退式が行われた。式典の主役は記念品の目録を受け取ると、あいさつのためリング中央に進み出てマイクを握った。
「こんにちは、内藤です」
ややくぐもった声がホールに響く。あごのひげには白いもの目立ち、否が応にも年月の流れを感じさせた。最後の試合からはすでに32年近くがたっている。
「いろいろありましたが、引退することになりました。息子が生まれたとき、デビューしたら引退することを決めていました。息子が頑張りますので、みなさま応援よろしくお願いします」
引退式のすぐ後のメーンには、長男、内藤律樹(りっき)のプロデビュー戦が組まれていた。
親交があった故ジョー山中の「闘い続ける男達に捧げる詩」が流れ、厳かに10カウントゴングが打ち鳴らされる。
集まった約1500人の観衆の中には、彼の現役時代の闘いぶりに勇気づけられたオールドファンもいたことだろう。リング中央で深く頭を下げる内藤に、温かい拍手とともに「ありがとう」の言葉が降り注いだ。
■「エディさんとの約束は死ぬまで続ける」
初めて内藤と対面したのは9年前の2002年、横浜市の飲食店だった。
当時、神奈川県の支局に配属されていた記者は横須賀市が担当だった。内藤が同市にある防衛大学校でボクシング部のコーチをしていることを知り、取材を申し込んだのだった。
内藤の存在は学生の頃から知っていた。一度は引退しながら再起する姿を描いた『一瞬の夏』を読んでいたからだ。
米軍人の父と日本人の母を持つ内藤は1968年、18歳でプロデビューすると、瞬く間に日本王者、東洋王者と駆け上がった。リングネームの「カシアス」は、かのカシアス・クレイ(モハメド・アリ)とスパーリングをして、直接本人から使用を許されたものだという。
照明が抑えられた夜の店内で、記者のつたない質問に、カシアスの名と褐色の肌を持つ男は実に丁寧に応えてくれた。現役時代の思い出や防大で指導するようになった経緯、やりがい…。それは小説の中で知る闘うボクサーの面影を残しつつも、やはり指導者の顔だった。
「みんなのステップになったり、背中を押しているというのはうれしいよね。はい上がれるんだよ。どんなどん底になっても」
取材の中では、指導を受けた名トレーナー、故エディ・タウンゼントの話にもなった。
「プロになるとき、エディさんと二つの約束をしたんだ。一つはチャンピオンになること。もう一つは将来ボクシングを教えていくこと」
そして続けた。
「チャンピオンにはもうなったから…。エディさんとのもう一つの約束は死ぬまで続けていくと思う」
53歳の静かなる決意表明。実は、この言葉が重い意味を持つようになるのは、取材を終えた後のことだった。
内藤は間もなく、末期の咽頭(いんとう)がんと診断される。医師からは切除手術を勧められたが、声が出せなくなれば指導ができなくなると判断し拒否した。
抗がん剤を服用しながら、それでも2005年2月、「E&J カシアス・ボクシングジム」(横浜市中区)を開設した。「E」はエディの名から、「J」は内藤の本名である純一からとったものだ。そのジムで息子がトレーニングし、とうとうプロデビューとなった。
「余命3カ月って言われてから、もう6、7年たつ。自分の免疫で対応するしかない。これで十分だよ」
軽やかに、満足そうに笑ってみせた。
■高校3冠のホープは3回TKOデビュー
引退式に続いて行われたメーンの一戦に、律樹は登場した。
中学1年から父のジムでボクシングを始め、磯子工高では高校総体ライト級など3つのタイトルを獲得した有望株である。
この日の相手はキャリア20戦(4勝13敗3分)、34歳のベテラン小野木崇文。律樹は父と同じサウスポーの構えで、立ち上がりからスピードの違いを見せつけた。右ジャブで主導権を握る。時に相手を挑発するかのようなステップワークを交え、3回、左のアッパーから左右の連打につなぎ、堂々のTKO勝ちを収めた。内藤はリングサイドで、沢木耕太郎と並んで試合を見守っていた。
律樹は控室に戻ってくると、「今日は40点ぐらいですかね。緊張してパンチが浮いた部分があった」と控えめに喜びを語った。
目の前で正式に引退した父親については、「世代交代ってことがあったので、オヤジの跡を継げるようなボクシングをしたいと思いました」ときっぱり言った。
父の現役時代をカウンターがうまく、(相手に)捕まらない選手と評し、それに対して自分は動いて動いて倒すスタイルだという。「全部じゃないけど(父の現役時代の)ビデオは見ました。そんなに似ているかなと思うけど…。息子で生まれたことは、この先も付いてくることなので、そこは気にならない。練習して成果を出せたらと思う」と気負いはない。もちろん、「タイトルは日本、東洋と全部獲って、世界を獲りたい」と上を見据えている。
関係者がにぎやかに出入りする控室で、父でありジムの会長でもある内藤はこう語った。
「感慨深いですね。選手としては終わったけど、新しい一歩が始まったのかな。息子がデビューしたし、これからが大変かもしれない」
子は親を超えられるか。リングで燃え尽きることはできるのか。そして、内藤とエディとの約束は、どんな結末を迎えるのだろうか−。=敬称略
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